私に似たあなたへ

毎週土曜日の19時頃に更新します。コメントも同じ曜日に返させていただきます。

”うんち”が面白いのは何故か? ”うんち”は本当に面白いのか?

こんばんは竜之介です。
 
3日前、
 
普段より仕事が長引いてしまい
頭がぼーっとする程に疲れ切ってしまいました。
 
家に帰って来てすぐに
ペースを取り戻そうとシャワーを浴びる訳ですが
浴室でお湯を浴び気が緩んでしまった私はAlexa
 
「うんちの音楽を流して」と声を掛けました。
 
Alexaは無機質な声でこう反応を返します
『Unching Brothers Bandのアルバム「うんちバリバリ」を再生します
 

シャワーを浴びてリラックスしている所に
どうして”うんち”という言葉がでたのかわらない内に
Alexaが反応して無駄に軽快な音楽が流れたので笑ってしまいました。
 
変なテンションになりながら
「うんこ流して」「うんち流して」と
小学2年生が喜びそうな言葉をアレクサにかけて検証を続けます。
 
うんこ流しての場合は
森山直太朗の「うんこ」
うんち流しての場合は
Unching Brothers Bandの「うんちバリバリ」
 
が再生されるようでした。
 
思わぬ方向でスッキリしてしまい(うんちだけに)
うんちに対して謎の親近感がわいたので
 
今日は、
 
どうして”うんち”が面白いと感じるのか
お話しましょう。
 
カリギュラ効果が起きている
カリギュラ効果とは、
 
禁止されるほどやってみたくなる心理現象
自由を脅かされたときに反発しようとする反応
 
ダチョウ倶楽部の、絶対に押すなよ
浦島太郎の、絶対に開けてはいけない玉手箱
 
こういった現象が、
 
”うんち”にも起きていると考えることができます。
 
”うんち”を言ってはいけない言葉だと
抑圧され続けてきた反動で好奇心が刺激され
”うんち”を自由に使えることに喜びを感じてしまう
 
だから面白いと感じるんです。
 
”うんち”は本当に面白いのか?
話に説得力を持たせるためには
反対意見を想定する必要があります。
 
薄々感じていた
 
『”うんち”は面白くないのかもしれない』
それに目を向ける時が来ました。
 
トイレで流されていない知らない人の
”うんこ”を目の前にした時を想像してみてください。
 
私達はブチ切れそうになるでしょう。
むしろ不愉快ですらあります。
 
自分の"うんこ"が本当に漏れそうな時は
般若のような顔になって黄門に全集中するでしょう。
 
”うんこ”を我慢することに
若干のエクスタシーを感じますが
好んで味わいたいものではありません。
 
少なくとも現物の”うんこ”は面白くないのかもしれない。
 
考えてみれば、
 
Dr.スランプアラレちゃんの”うんちくん”
うんこドリルの”うんこ先生”のように
 
”うんこ”を元にしたキャラクターは
ポップに描かれることが多い印象があります。
 
喜劇王チャップリンの名言
『人生は近くで見ると悲劇だが、遠くで見れば喜劇である。』
 
”うんこ”にもこれが当てはまるのかもしれません。
 
3次元の”うんこ”は悲劇だが
2次元にして距離を保った”うんち”は喜劇である。
 
だから、
 
”うんこ”そのものは面白くないけれど
"うんち"という"言葉"は面白い
 
これが正しい表現なのかもしれません。
 
まとめ
”うんち”が面白いのは『カリギュラ効果』によるものである
”うんこ”の現物は面白くないが、距離を保った”うんち”は面白い
 

追伸:
黄門期に”うんち”をして褒められた経験も関係ありそうですね。
最近、頑張り過ぎているのかもしれません。