私に似たあなたへ

毎週土曜日の19時頃に更新します。コメントも同じ曜日に返させていただきます。

『バカの壁』 読書日記

こんばんは竜之介です。

先週の外出から体調が回復してきました。

2週間前の更新から

1つは読書日記を書いておきたかったので
今日は読書日記を書いていきます。


本のタイトルと著者

タイトル:バカの壁
著者:養老孟司
出版社:新潮社

 

あらすじ

「話せばわかる」なんて大ウソ!
イタズラ小僧と父親、イスラム原理主義者と米国、若者と老人。

互いに話が通じないのは、そこに「バカの壁」が立ちはだかっているからである。
いつの間にか私たちを囲む様々な「壁」。


それを知ることで世界の見方が分かってくる。

バカの壁 (新潮新書) | 養老孟司 | エッセー・随筆 | Kindleストア | Amazon から引用

 

選んだきっかけ(読書の目的)
  • 著者が当時66歳の東大名誉教授
  • 「バカの壁」というタイトルの言葉
  • 販売部数419万部を超えの2003年ベストセラー本
  • 流通量の多さからか100円という価格で古書市場で投げ売りされている点


結構な割合の人がタイトルに釣られて買ったんだろうな
中身は400万部越えに見合った内容なのだろうか?

と上から目線に興味本位で購入していました。

また、

私が大好きなウンコの話題が少し出てたので選びました。

 

読書前の内容予想

東大名誉教授という抵抗しづらい肩書を持って

『バカの壁とは何か?』
『こんな奴はバカの壁にぶつかっている!』
『バカの壁を超えるにはこういうことをしなさい』
『バカの壁にぶつかっている人に説明するのは時間の無駄』

ということを理解させようとしてくるのだろうと予想していました。

 

要約(意訳)

頭の良し悪しに関係なく、

「知りたくない」
「知る必要がない」
「自分には関係ない」

と思った瞬間にバカの壁はそびえ立つ。


バカの壁がそびえ立つと

詳細な情報を無視してしまい
上辺だけの情報しか感じることができず
わかった気になってしまうような症状が現れる。

「バカの壁」がそびえ立ってしまった人に
懇切丁寧に説明しても体力を消耗するだけである。


ひたすらに個性を伸ばそうとするとバカの壁がそびえ立つ

人が笑っている時に泣いている
葬式で泣いてるときに笑っている
ウンコで真っ白な壁に絵や文字を描く等

本当に個性を発揮している人が出てきたら
精神病院に入れられてしまうことになるだろう。

個性とは脳(精神)ではなく身体に宿っているものであり

「私はこういう人間」はただの思い込みに過ぎない
「自分の個性は何だろう」と考えるのは無駄な心配である。

個性ではなく、

生身の肉体に目を向けて
自分でコントロールできるようになりなさい。


正解はひとつだと思っているとバカの壁がそびえ立つ

唯一無二の答えがあると信じ込むバカの典型はテロリストだ。

彼らは唯一の正解を自分たちだけが持っていると勘違いしてる
この世のにはいくつのも正解、正義があるのだ。

 

予想とあっていたか答え合わせ

『こんな奴はバカの壁にぶつかっている!』
『バカの壁にぶつかっている人に説明するのは時間の無駄』

ということが書いてあるという予想は当たっていたと思います。

『バカの壁を超えるにはこういうことをしなさい』
という点については、見落としていなければなかったはず。

バカの壁を超えるには
自分で気づくしかないのでしょうか?

自分が壁にぶつかっていることに気づくのは難しいし
他人から指摘されても摩擦を生むだけで解決は困難だと感じる。

 

考えた事(気づいたこと)

2003年に発行されたにも関わらず
18年経った今でも受け入れやすい価値観が所々にあります。

同意しづらい点はいくつかありますが
100円で購入したことが申し訳なくなる程になるには面白い。

「自分には関係ない」と感じると
理解する能力が著しく低くなってしまう。

この現象を『バカの壁』と表現することにセンスを感じる。

個性ではなく、

生身の肉体に目を向けて
自分でコントロールできるようになりなさい。

と要約した部分は特に意訳が入っているのですが

身体は資本であり筋トレをして体を動かしなさい
という事だと無理やり解釈すると気持ちよくなれました。

要約した以外の部分では、

第五章 無意識・身体・共同体
「身体」を忘れた日本人/人生の意味

第六章 バカの脳
キレる脳/オタクの脳

の所が特に興味深く感じます。

 

生活にどのように落とし込むか

懇切丁寧に説明しても無駄になることがある
『バカの壁』はすぐに誰にでもそびえ立つ

と悟った風に心構えをしておくことで

日々の生活の中で発生するストレスから
私の精神を守っていきたいと思う。

また、

個性とは脳(精神)ではなく身体に宿っているものである

という言葉を筋トレ中に思い出し
限界を超えた後の「最後の1回」に使うエネルギーにしたい。

 

どんな人におすすめか
  • 安価でベストセラー本を楽しみたい
  • もっと『バカの壁』について知りたい

という人にオススメできる。

 

おわりに

どこまで話していいのかわからなくて
本の内容をかなりネタバレしてしまっている気がする。


かといって、


ネタバレしないでオススメすることが難しい
書評したり、ネタバレしないでまとめられる人はすごい。

と感じました。(日記)

褒める練習としての 読書日記

こんばんは竜之介です。

昨日、予定通りに更新できなかった理由を振り返った所

何について話そうか困ったので
テーマ探しに読書を始めたところ
目的を忘れて思いのほか没頭してしまった。

という恥ずかしい理由に至ると同時に、

特に変わったことがない日が続くとき
ブログを書く手があまり進まない
という特性を自覚しました。

それに対して改善の余地があると感じたので
1つの改善案を見つけてきました。

何も思いつかないときは読書日記にする

というルールを設ける事です。

なぜ読書日記が最適だと思ったのか
これから文章化していきましょう。

 


なぜ、書評ではなく読書日記なのか?
『そもそも書評と読書日記ってどう違うの?』
『どっちも似たようなものじゃない?』

ごもっともな疑問だと思います。

私自身、

書評と読書日記の違いはよくわかっていないので
お話しするのもおこがましいのですが

  • 書評は、崇高モノでハードルが高い
  • 読書日記は、メモ要素の強い読書感想文

という感覚があるので
気軽さを重視して読書日記と表現しました。
 

読書日記でホメる練習ができる
読書日記の意義は
  • 本を買おうか迷っている相手
  • 存在に気づいていない相手
に対してオススメすることである以上
必然的にその本を褒めることになります。

「褒めることになる』という点が非常に重要です。

「ファンレターを送りたい」言っておきながら
3か月経っても送ることができていない程に
褒めることが苦手な私にとっては

自然に褒める練習ができる読書日記
というテーマは非常に都合がいいのです。

また、

褒めることで多幸感を与えるホルモンが分泌され
非常に気持ち良くなれるそうなので

あわよくば、

その多幸感を感じて気持ち良くなりたいのです。
 

読書日記の構成について
読書日記を書こうと思い経ち
検索上位20個のサイトを見てきた所

・本のタイトルと著者
・あらすじ(引用)
・選んだきっかけ(読書の目的)
・読書前の内容予想
・要約
・予想とあっていたか答え合わせ
・考えた事(気づいたこと)
・生活にどのように落とし込むか
・どんな人におすすめか


といった構成の記事が最も面白いと感じたので
読書日記を書くときはこのような形にするつもりです。

「どうしてそう思ったのか?」

という根拠を自然に盛り込むことができそうなので
非常に汎用性の高い構成だと感じています。

 

おわりに
話すことが思いつかないときは
読書日記、書評の真似事のようなことをします。

というお知らせでした。 

図書館の魅力について 見てほしいコーナーについて語りたかった。

こんばんは竜之介です。
 
先日、
 
火傷の治療のための病院を探していた所
怪我の功名か自宅から徒歩15分の場所に図書館を見つけました。
 
蔵書数は15万冊に届かない程度のやや小規模な図書館です。
 
外に出ることが嫌いな私でも許容範囲の距離に
図書館を見つけて内心ウッキウッキのおさるさん状態になっています。
 
おサルさんになり過ぎて火傷の治療に病院に行ったその足で図書館に行ってしまったくらいで
それほどに近くに図書館があったことが嬉しかったのです。
 
なので今日は、
 
図書館ってすごくて楽しい
図書館のこのコーナーが好き
 
みたいな話をして図書館に行きましょうと勧誘したいと思います。
 
---
 
さて、
 
蔵書数15万冊というのは
図書館としては小規模ではありますが
 
  • 本の貸し出し
  • 調べ物の相談
  • 読書スペースの提供(コロナのせいで今は利用できない)
 
という通常のサービスに加えて
私が行った図書館では、
 
  • ネットから本の貸し出し予約
  • 電子図書館の会員ID付与の機能を持っていました。
 
図書館に到着しサービスの説明を受けて
田舎だからと期待していなかった機能があることに喜び
 
本棚いっぱいに詰め込まれた本を見て
 
『テーマパークに来たみたいだぜ テンション上がるな』
と内心ウキウキになって貸出上限10冊の本を借りてきました。
 
外出が嫌いな私が許容できる距離に図書館がなかったことから
ここ5年ほど図書館に行けていなかったこと

最近は電子書籍の本ばかり読んでいたことから
紙媒体の本に囲まれてテンションがあがっていました。
 
最初に私が向かったのは図書館が仕入れた新着資料のコーナー
次に向かったのは児童書コーナーです。
 
この2つのコーナーから7冊の本を借りました。
 
新着資料のコーナーは言わずもがな
新しい本に出会える確率が高いと考えているから
 
児童書コーナーは私の心が児童だから
 
ではなく、
 
子供向けの小説や本はシンプルで明るい話が多く
短いページ数である場合が多いために気軽に読むことができる点
 
それに加えて、
 
海外から翻訳されて持ち込まれた児童書の中には
子供向けとは思えないほどに本格的な読み物があるからです。
 
例えば、
 
挿絵付きで同性愛や戦争の話を扱ったテーマで
大人向けの本を探せと言われたらあるにはあるだろうけれど
総じてページ数が多く無駄に難しい言い回しをするので読むのにエネルギーが必要だが
 
子供向けの本であれば難しい言い回しをしないので内容が非常にわかりやすい
子供が飽きないように意図的にページ数が抑えめてあることも読みやすく好きな要因です。
 
大人向けの本だけを見ていては出会えないような掘り出し物の本があるので
図書館に行ったら児童書のコーナーを見て回ってほしいのです。
 
しかも図書館は無料です。
 
場所によっては有料データベースへのアクセスもタダな場合でさえもあります。
コロナがなければ講演会やセミナーも無料で開かれています。
 
図書館はプライバシーに異常に厳しく警察であっても
令状がない限り図書館を利用したことを図書館員が外部に漏らすこともありません
 
これはネットにない非常に大きなアドバンテージです。
 
昨今はPCの検索履歴などから個人の趣味趣向を分析して広告を出していますし
電子書籍を購入すれば次も似たような書籍が自動的におすすめとして出てきます。
 
便利ではありますが

私自身がメンヘラをこじらせていることもあり監視されているように感じ
『面白くないから同じ広告ばかり出してくるな』
『個人の趣味嗜好の情報をあさってくるな』
 
と無性に腹が立ってくることがあるのです。
 
その監視や広告が図書館にはないのです。
 
本当に素晴らしいです。
 
図書館はすごくて楽しいので
近くに図書館があれば行きましょう。
 
という話でした。

ファンレターを送ることを決めた話

こんばんは竜之介です。
 
悲しいことが起きていました。
 
2021年5月6日に
ベルセルクの作者である
三浦 建太郎さんが亡くなられていました。
 
54歳の若さでした。
 
  
中世の欧州を思わせる剣と魔法の世界で
鍛え抜かれた肉体と身の丈ほどもある大剣
大砲を仕込んだ義手などの武器を手に復讐の旅を続ける
 
世界は明るくないし残酷で救いがないと主張するように
異形の強大過ぎる相手に矮小な人間が足掻く
黒に近いダークファンタジー
 
中二病男子の大好きなものを詰め込んだ漫画でした。
 
時間と画力に任せた描き込みは緻密で重厚で迫力があって
芸術と言ってもいい程で絵を見ているだけで楽しかった。
 
彼が逝去されたと知って
 
ベルセルクの完結をもう見ることがないんだと思うと
彼の新しい絵を見れなくなってしまったと思うと
悲しみが込み上げてきて力が入らなくなり
 
寝込みました。

起きたら仕事だったので
仕事が終わってから寝込みました。

今日もお昼まで寝込みました。

寝込むほどに好きだったのなら
ファンレターでも送っておけばよかったなと
 
後悔しました。

すぐに思い浮かんでベルセルクくらい好き
と言い切れる作品は40個はあります。
 
時間はかかるだろうけれど
大好きな彼らにファンレターを送ろうと思う。
 
後悔の中でやりたいことを見つけた。

という話でした。
 
また寝込みます。
 
ベルセルク 1 (ヤングアニマルコミックス)

ベルセルク 1 (ヤングアニマルコミックス)

 

なぜ、人は愛する対象として適当ではない と感じたのか

こんばんは竜之介です。
 
前回の記事の中で

人は愛する対象として、適当ではない
どのくらい愛したら自分にとっては
丁度いいのか勉強になった。

 ともお話したのですが

いくら私が卑屈だといっても

『人は愛する対象として、適当ではない』
と最初からあきらめていたわけではないんです。

『人を愛するのは普通なことである』
『普通の人間になるには愛について勉強しなくてはいけない』

という謎の使命感をもとに
積み上げたら膝くらいの高さになるまで
愛について書いてある本を片っ端から読んで

悪あがきして
最終的に 

『人は愛する対象として、適当ではない』

 という結論に達したんです。

この結論にたどり着くまで結構苦労したんです

だからですね。

私の努力のあとを誰かに見てほしくて
今日は愛について話したいと考えています。
 

最も影響を受けた本
私が何かを調べるにあたり
真っ先に縋りつくのはネットではありますが

その次に縋りつくのは
引用元と記載されている本です。

お察しの通り、

この本も複数のサイトから引用として記載されていました。

検索エンジンの上位でもかなりの割合で
引用されていただけあって内容が素晴らしく

『愛の考え方につてい最も影響を受けた本は何か?』
と聞かれて私が真っ先に思い当たるのはこの本と言っても過言ではありません。

『愛するとうこと 新訳版』
愛するということ 新訳版

愛するということ 新訳版

 

初版が1956年の有名な本
俗にいう名著というものらしいです。

かなり目を引くタイトルということ
昔のベストセラーだったという理由でも手に取りました。

 

愛するということ 要約
この本の内容をザックリと要約すると
愛とは無条件に与えることであり
自ら与えなければ愛は手に入らない
ダメな所も愛せていないのなら愛ではない
母親から子供へ向ける愛のカタチが理解しやすいだろう

 と納得できそうなことをツラツラと書いてありながら 

ありとあらゆる物が商品であり交換できる
資本主義の現代では愛を手に入れることは難しい

 と言って読者を絶望に突き落とすようなことを書いてあり

『親と子の愛しかこの世には存在しないのか』
『その愛すらもしんどいと感じている人はどうするべきなのか』と
 
膝くらいの高さになるまで本を積み上げても
払拭できない心のモヤモヤを植え付けられるような本でした。

全身が埋もれるくらい読まないと
理解が難しい問題なのかもしれないなと思いつつ

情報と他の著者の考え方を求めて
膝の辺りまで本を読んでいる最中に
愛に関する本を読むことが苦痛に感じ始め

そろそろ他ジャンルの本を読みたいと思ったので
愛に関係しそうな本というのは膝の高さで卒業しました。
 
その中途半端な理解の結果、
 
愛というのは面倒で難解すぎるので
人は愛する対象として、適当ではないし
 
特にこの資本主義の世の中では
自分本位に愛してもいい対象は少な過ぎる
 
資本主義の世の中においても
自分本位に愛しても摩擦が生まれない
犬や猫などのペット達は非常に貴重な存在で愛おしいと感じる
 
のだろうという思考に至りました。
 

この本は、まぎれもなく名著だった。

実際に私が人を愛することができるかどうかは置いておいて

愛とは無条件に与えることであり
自ら与えなければ愛は手に入らない
ダメな所も愛せていないのなら愛ではない
という内容は読んだ本の8割で使われていたので
この考え方は信用してもいいと思います。

この考え方に沿うのならば
私は犬や猫を対象とするのであれば
彼らを愛することができていると言えるのかもしれませんが

この「愛するということ」という本では
そんな折り合いのつけた軟弱な案を許してはくれません。
愛するということ 新訳版

愛するということ 新訳版

 
愛は一つの「対象」に対してではなく、世界全体に対して人がどう関わるかを決定する態度、性格の方向性のことである。

訳:犬や猫を愛してるだけでは、本当の愛じゃないぞ
  世界に対しての自分の態度が愛なんだぞ。お前は全然わかってないぞ。
 
と言って追い打ちをかけてくるのです。

『本当に性格が悪い!』
『夢くらい見させてよ!』
と幼児退行しそうになります。
 
こういった容赦のない所
つかみどころのないところも
名著と言われてもてはやされている理由なんだろうなと

久方ぶりに読み返して感じます。
 

まとめ
現代でも残っている
昔のベストセラー本は面白いものが多い。
  
面白いが、難解なので理解できるとは限らない。
 
それでも、猫や犬は可愛い。

愛について考えるのであれば
愛するということ』という本は素晴らしいと思う。

という話でした。

月50冊の本を読む私の 読書の奥義と、本を読むことの意味

こんばんは竜之介です。
 
日本に台風が来ていたので
念のため、冷凍コロッケを20個買っていました
 
色々な食べ方を試した所
チーズをかけてオーブンで焼くと
2倍美味しくなることを発見しました。
 
そのコロッケをつまみながら


前回の続きから


この順番でお話しましょう。

読書の奥義

『いきなり奥義の話?』
そう思いましたね?

前触れがなかったわけではありません
実は、前回で何度も登場しています。
 
何度も登場してる
読書の奥義
 
それは、

本が面白くないと思ったら
興味がある所だけ読んで捨てること
 
本は全部読む必要はありません。
 
私達がインターネットで
ゴリラがドラミングする時の手の形を調べる場合

そのことが書いてあるサイトをみて
最初から最後まで順番に読むでしょうか?
 
基本的に読まないですよね?
 
知りたいことがわかって
それ以外に興味をそそられなかったら
その開いたサイトを閉じて他の事をする
 
普段やっていることです
 
本だからって特別扱いする必要はありません。
 
本が面白くなかったら捨てたらいいです
 
極端にいうと
本を読まないことが読書の奥義です。

本を読むことの意味

前回の記事のコメントで
さんぺい(id:sanpei808) さんに

楽しくブログ読ませていただいています。
読書の仕方については、本当にその通りだなあと。

私自身は、もともと本が好きなのですが、最近、YouTubeやネットなどに時間を割くことが多くなりました。
どうしても、流されて・・・

この、時代に本を読むことの意味や有効性について、取り上げていただけないでしょうか^_^。

と言ってもらえたので
 
本を読むことの意味や有効性
についてお話しましょう。
 
読書をすると
楽しくなる
人生豊かになる
寂しくならない
センスがよくなる
ストレス解消になる
会話力や文章力が上がる

当たり障りのない
良く紹介されてそうな
 
読書がもたらす効果について
お話してもいいですが
 
私が読書をする動機として
これだけでは不足があります
なんとなくシックリと来ません。

私は本を読むことで
悪役になろうとしているふしがあります。
 
『本で悪役に??』 
ちょっと変な話ですよね
 
例えば、
「手帳ブログ」のススメ

「手帳ブログ」のススメ

  • 作者:大橋 悦夫
  • 発売日: 2006/04/20
  • メディア: 単行本
 
 
この184ページの本を作るのに
 
本を出版した著者というのは
その道のエキスパートだと認識されます
 
そのエキスパートである著者が
120時間かけて作り上げたモノを
 
私は1時間足らずで読み切り

それだけに飽き足らず
続けて他の本をむさぼる
 
面白くないな
知ってることだった
この著者はわかってる
 
と好き勝手に感想を思い浮かべる
 
「中々に気持ちが良い娯楽ではないか」
とねじ曲がった思いが出てきます
 
まるで悪役みたいです
 
いかんせんこの
悪役遊びが面白い
 
悪役というのは
地道な準備をして絶対的に
優位な状況を作り出してから行動する
 
だから心に余裕ができて
いつも笑っています
 
本を読むことに当てはめると
 
絶対的に安全な場所で
自分の準備ができたときに
いつでも捨てることができる状況で本を読む
 
これで心に余裕ができない訳がない
苦戦を楽しむことだってできる
 
特に気持ちが良いのが
プロが120時間かけて作った本を
1時間足らずで読んでしまうことで
 
他人の119時間を奪っているように感じられて
前職と鬱病で5年以上無駄にしたと思う心が
埋められていくような気がします。

私にとってYoutubeやネットでは
人との距離が近すぎると感じてしまうので

時間を奪ってやった
安全な場所にいる
いつでも切れる

そう思うのが難しくて
本以外では悪役になり切れません

だから私は、

自分勝手になれる本が好きなんです。

話が散らかってしまいましたね。

この、時代に本を読むことの
意味や有効性について取り上げてほしい

これに対する私の答えを
表現するのは難しいですが、
 
----

Youtubeやネット等の双方向性の強いものは

近くに人がいると常に感じられて
寂しくはなくなるかもしれないけれど

双方向性の強いコンテンツが多過ぎて
絶え間なく送り込まれて気分が悪くなってしまう。
 
でも本なら、

絶対的に安全な場所で
準備が整うのを待ってくれて
自分勝手にやめることだってできる

楽しく
他人の目を気にせず
悪役ごっこだってできる

だから本はこの時代でも有用で
有効だし意味のあるものだと思う。

----
 
これが私が本を読む意味だと
表現しても間違いではないと納得できます。

ちょっと話過ぎた気がします

私がお腹いっぱいになってしまったので
今日はこのくらいで終わりましょう。

 

生きる意味を知らずに大人になったあなたへ

生きる意味を知らずに大人になったあなたへ

  • 作者:結川 雅
  • 発売日: 2020/06/02
  • メディア: 単行本
 
君が生きる意味 人生を劇的に変えるフランクルの教え

君が生きる意味 人生を劇的に変えるフランクルの教え

  • 作者:松山 淳
  • 発売日: 2018/07/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

月50冊の本を読む私の イマイチ頭に入らない本の読み方

こんばんは竜之介です。
 
先日、親知らずを抜きました。
 
血流をあげてしまったら
抜歯後の傷口を広げてしまうので
激しい筋トレは少し禁止されてしまいました。
 
休日なのにと思うと
非常に残念です。
 
休みの日に筋トレができないとなると
本を読むことになる訳ですが
 
本について

本は神聖なものじゃないのだから気軽に読んだらいい
ジャンクフード感覚で本を読むのは楽しい
と言う話以外していなくて
 
本の読み方について
あまりお話したことがなかったなと思ったので
 
今日は本の読み方について
 

この順番で話していきましょう。

 

読書の心構え

読書とは他人にものを考えてもらうことである。
1日を多読に費やす勤勉な人間はしだいに自分でものを考える力を失って行く。


ニーチェやアインシュタインに
影響を与えたとされている文章家兼、読書家
ドイツの哲学者 ショーペンハウエルの言葉です。

 
かみ砕くと、

本は不完全な人間が書いた物であり
お金と時間を使ってまで読むに値しないモノはたくさんある
 
作者の考えが至高だと鵜呑みにしてしまうと
自分で考える力を失うことになるので参考程度にしたらいい

みたいなことを言っているのかなと感じます。
 
ショーペンハウエルは18世紀の人ですが
現代においても、この言葉は中々的を得ています。
 
今でも5ページくらいで済む結論を
カルピスの原液を50倍以上に薄めた本が非常に多く
 
作者の考えを鵜呑みにしてコピーできたとしても
作者の劣化にしかならないのは確かです。
 
私がかみ砕いた言葉は覚えてなくて大丈夫ですが 

読書とは他人にものを考えてもらうことである。
1日を多読に費やす勤勉な人間はしだいに自分でものを考える力を失って行く。


このショーペンハウエルの言葉は
読書の大黒柱的存在になってくれるので
ぜひとも、心の片隅に置いといてもらいたいです。

 
・・・・ 
 

頭に入りやすい本の選び方

自分が何を知りたくて
どういう成果を得たいのか明確にして
自分の好奇心に従って本を選んで購入する 

これがベストな本の選び方です。
 
その衝動に従って本を開けば
すぐに本を読み切ることになります
 
途中でモチベーションが切れてしまったら
読みたいところだけ読んでポイしたらいいです。
 
原液を50倍以上に薄めた本が非常に多いと先程にいったように
好奇心を刺激されるページ数は本当に少ないです。
 
時間は有限なので本を途中で捨てた分
他の事に時間を使いましょう。
 
・・・・

イマイチ頭に入らない本の読み方


イマイチ頭に入らない本は
外的要因で読むことを強制された本です。
 
人間は何か強制されると
自分にとってプラスになることでも
無意識に反発して嫌になってしまうものなので
 
強制的に読まされる本は頭に入りづらいです
私は学校の本が大嫌いで一人でブチギレていました。
 
このやらされている感を解決するためには
自分の好奇心で本を読んだと脳に勘違いさせる必要があります

少し長いですが詳しく話して行きましょう
 
①本を手に取り、読むことで得られることを想像して興味を持つ

これを読むことで
 
私の人生はどう変わるのか
考えはどう変化するだろうか
仕事がうまくいくかもしれない

そのようなことに
頭を働かせて考えると
少しは興味が出てくるはずです。
 
本のデザインやタイトルは
そこそこ洗練されたものが多いので
手に取ることで興味が出やすくなります。
 
②目次に目を通して、さらに好奇心をガンガン煽る
 
今日私が読んだ本の中から無理やり例を出します。
(例として出すのに不本意なくらい、非常に面白かった本です)
 
「おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密」
この目次を見ながら

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/i/inumonekomosuki/20200906/20200906010642.png

そのばん勘定クラブって何?
役に立たない仕事ってあるの?
 
リーマンショック知ってる。リーマンブラザーズが経営破綻したやつだよね。
これを中学生くらいの人に話す設定ってどうするんだろう。
 
おカネの授業で戦争はたしかに外せないな。面白そう。
そもそもおカネを題材にした本なら何をするのにも役に立ちそう。
 
といった感じで好奇心を膨らませましょう

好奇心を持つ前に本を読みだすと
興味がある所も、ない所もわからないので
 
モチベーションも続きませんし
頑張って読み切ったとしても頭に入ってきません。
 
結局は時間の無駄になってしまいます。
 
③好奇心に任せて本を読む
 
以上です。

強制された本の場合は
自分の好奇心で本を読むんだ
と脳に勘違いさせて上書きするのが吉なんです。
 
①本を手に取り、読むことで得られることを想像して興味を持つ
②目次に目を通して、さらに好奇心をガンガン煽る
③好奇心に任せて本を読む
 
まとめたら短くなりますね。

あとは、2番目でお話したように
モチベーションが無くなってしまったら
興味のある所だけ読んで捨てたらいいです。

資格の本とか全部覚えないといけないもの以外ですけどね。
  
・・・・

心苦しいので最後に懺悔します。
 
私は強制されて本を読むことが数年なくて
興味があるものしか読まないので
 
全く興味のない状態の本を相手に
この3番目のテクニックを使ったことがないんです

目次を読むと好奇心を刺激する
効果があるのは確かなんですけどね。
 
それと、
 
「おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密」
 
これは面白いので読んだ方がいいです。(強制する)
 
この本はAmazonPrime会員なら無料で読めるので
追記:9月6日0時確認時点で無料で読めなくなっていました
 
強制された本を読む練習とテクニックの有効性
を確かめるのに良いかもしれません。
  
もう少し話したかったのですが
まだまだ本の読み方について長くなりそうなので

今日はここまで。

次回も本の読み方の話をしましょう。
 
読書について 他二篇 (岩波文庫)

読書について 他二篇 (岩波文庫)

 
読書について

読書について

  • 作者:小林 秀雄
  • 発売日: 2013/09/21
  • メディア: 単行本
 

気持ちが良い本の読み方の話

 こんばんは竜之介です。
 
まず、言い訳をしましょう
 
本が楽しいのが悪いんです
 
はい。
申し訳ありませんでした
   
本に時間を使い過ぎて
投稿予定の時間になっても
ブログの記事に手を付けれていませんでした。
 
本のせいにしてでも
私は、精いっぱい私を擁護します
メンタルが豆腐なのですぐに鬱になっちゃいますからね。
 
さわりで話したように
私は本をたくさん読みます。
 
休みの日なら文庫本を
5冊以上読むことも珍しくありません
 
本と言えば
 
発売から5年以上たった本はとても安いです
中古で100円や200円で売られることも珍しくありません。
 
ジャンクフード感覚で本を読みたい
私としてはとてもありがたいと感じるのですが
 
中古の本も情報としての価値は変わっていないのに
どうしてこんなに安く買えるんだろう?
 
こんなことも思います
 
どうしてこんなに安いんだろう?
と言ったものの原因はわかっています
 
日本だけでも毎日200冊以上の本が
発売されているからです。
 
でも中古本は情報としての価値は減っていないのです。
 
100円や200円で買った本も
1月500円で読み放題の中から選んだ本も
 
定価で買った本と同じように
 
知識を学べるから楽しい
物語にふれることができるから楽しい
 
そう感じるのです。
 
こうやって文章を書いている最中も
読んでいる最中の本が気になって
 
ついつい本を読んでしまっています
 
本は自分からアクセスできて
勝手にやってこない所も好きなんです。
 
本の読み過ぎで全然記事が進みません・・・
 
ひらめきました。
 
本は面白いものです
いっぱい読みましょう
 
と読書を布教するお話しましょう。
 
---
 
本をジャンクフード感覚で読みたいので
中古の本が安くなるのは嬉しいと
言う話を少しだけしましたが
 
私が主に利用しているサービス
 
KindleUnlimitedの会員になって
毎月900円で電子書籍として本を読むのも楽しいです。
 
その一方で、
 
100~200円の紙媒体の本を
まとめ買いすることも好きなんです。
 
紙媒体の本ならザッと読んだ中で
面白いなって思ったところにカードを挟んで
 
読み終わった後
しばらく経った後
 
カードを挟んだ所を再度読み返すことで
 
あの時はこう感じていた
こんなことを考えていたな
 
とすごく鮮明に思い出せて
それが何とも言えない快感で気持ちが良いです。

 

そこが紙媒体の本の優位点ですね
 
つい強調しちゃいますが
本にカードを挟んで読み返すのは
本当に気持ちが良いのでぜひやってみましょう。
 
電子書籍だからすぐに読めるとか
場所を取らないとかすごく良い所があるので
 
正直、甲乙つけがたいのですが
 
どちらも
 
外に出る必要なくて
私にとってはすごく良いものだと感じます。
 
本はじっくり読まないといけない
と言う声もありますが
 
1人で周囲の目を気にせずに
ジャンクフード感覚で素早く大量に
本を読むのがすごい楽しいと思うんです。
 
さらに
 
気になったところを読み返すだけで
本当に気持ちが良いんです。
 
オマケで知識もついてきます。
 
一度で二度おいしいとはコレのことですね。
 
まだアフターコロナとかで外に出るのが
よくないとか言われてるらしいので
 
あなたも本を読むのはいかがでしょうか?
 
読書を布教する
お話にしたつもりでした。
 
本は神聖なものじゃないのだから
漫画感覚で手を取っていいと思うんです。
 
本を読みましょう。
 
という手抜き記事でした。 
 
今日読んだ本の一部です 
なぜ、脳は神を創ったのか? (フォレスト2545新書)
 

動物性愛者について書かれた本『聖なるズー』を読んだ話

こんばんは竜之介です。

 

5日前に『聖なるズー
と言う本を友人から紹介されました

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動物性愛者
いわゆるズーフィリアについて
書いた本と言われ心惹かれました

 

動物と人間がセックスをしている獣姦物の
動画や画像、漫画を好んで探した時期もあるからです

 

その頃を思い返してみれば

 

性的興奮よりも先に
言葉で言い表せない好奇心
のようなものを強く刺激されたことを覚えています

 

当時も今も言葉で表現できなかった
好奇心のようなものの正体がわかるかもと思うと
関係するジャンルについて取り扱った本があると思うと

 

ついマウスが動かして注文をしていました

 

記念すべき今年初めて購入した本は
『聖なるズー』になりました

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2日程経ってポストに届いていた本の包装を外して
一気に読んで1日経って再度読み返しました

 

私にしては短期間で同じ本を読み直すことは珍しく

 

それ程面白いと感じる
新たな発見と感性に触れることができる作品でした

 

まず素晴らしいと感じたのがプロローグ

 

大学生の時の筆者が性暴力・DVを受けた体験
「人間と動物とのセックス」について研究をするようになった動機を語ります

 

ただの興味本位でこのジャンルに触れた訳ではないことがわかる
読者を引き付けるのに効果的な良いプロローグでした

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内容にしても

 

動物性愛者に感じる一種のねじれの正体は何か
動物性愛者はどうセックスと向き合っているのか
動物性愛者撲滅主義者の動物保護団体のスタッフとの話

 

ドイツの携帯もつながらない田舎町で
動物性愛者の男性の自宅に何泊もして
文字通り寝食を共にして行った取材内容

 

性暴力を受けたトラウマも癒えていないにも関わらず
その行動に移した時の筆者の心境

 

筆者のように信頼関係を築き上げなければ
一生知らなかったかもしれない話

 

等々

 

興味深いものばかりでした

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私の性癖を変な方向に捻じ曲っている
理由がわかったのも収穫でした。


私は不気味なみみず男に近いのでしょう。

 

正直人を選ぶ内容だと思いますが
私にとっては良い買い物をしました

 

今年初めて購入した本が
『聖なるズー』でよかったと思います

 

あなたも興味があれば読みましょう

発達障害者にとっての敵は何か?

こんばんは竜之介です。

 

4日前にこの本を読みました。

なぜ「発達障害」はバカなのか
中々攻めたタイトルです

 

煽り過ぎなタイトルの方が目に付きやすい
と言うテクニックを実践したのでしょう

 

当時者なこともあり惹かれるタイトルだと思いました

 

内容にしても
発達障害だとギリギリ診断されない
グレーゾーンな人の方が本当に苦しんでいる

 

自助会や当事者会はただのなれ合いの場になっている
現状を改善することに繋がっていないのではないか

 

雇用の道を作り出す、自らの価値を作るために
どれだけの発達障害者が動けているのだろうか?

 

就労支援事業所に通ったことがあり
50人ほどの発達障害者と話した私
当事者としての私からしても

 

ああ、そうだろうね
確かにその面は大きい
と感じるような内容が多く書いてありました。

 

そして、面白いと感じる新たな発見も書いてしました。

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ピンクリボン活動のように、発達障害者は自らの啓蒙活動を一致団結して取り組んできたかと言われると正直首をかしげざるをえない。

 

乳がん患者にとっての最大の敵は「死」である。
あるいは生き延びた後の「社会からの偏見の目」でもあるだろう。


病気に負けず、生き抜き、自分の体や人生に誇りを持つこと。

 

彼女たちの「なりたくない未来(敵)」と「こうありたい姿(理想)」は明確だ。

 

では、発達障害にとっては何が敵なのだろう?

そして理想はどんな姿だろう?
(本文から引用)

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確かに発達障害の私にとっての
最大の敵は「死」ではない

 

こちらから言わなければバレないので
「社会からの偏見の目」でもない

 

「発達障害でない人」も特に敵とは思わない

 

こうありたい理想の姿も
「すぐには死にたくない」
くらいしか思い浮かびません

 

本文にある通り症状も傾向も特徴も度合いも違う
明確な敵も理想の姿もわからない人達が集まっても
ピンクリボン運動のように団結できる訳がありませんね

 

自分にとっての敵や壁は考えた事はあっても

 

発達障害者にとっての敵は何か
発達障害者は何が理想の姿なのか

 

と言う発想自体がなく考えもしませんでした

 

本を1冊読んで1つも新しい発見がないことが多いことを考えれば
とても意義のある本だったと思います

 

たった43ページと言うのも良かったです

 

10倍に薄めたような引き延ばし
無駄に長い自分語り
共通認識の確認
繰り返し

 

がない本と言うだけで価値があります。

 

43ページと言う短い本でも出版できるようになった
Kindle 電子書籍の普及と言うのも一因なのでしょう

 

200万冊以上の中から
月に2冊でも読めば元を取れます


KindleUnlimited あなたもいかがですか?

 

と宣伝してみました

 

Amazonギフトの残高が無効化されましたが

便利なのでAmazonはやめることができません

inumonekomosuki.hatenablog.com

純文学とは何なのか

前回の記事を投稿してから

www.inumonekomosuki.com


夏目漱石の「こころ」「草枕」「坊ちゃん」
芥川龍之介の「羅生門」「藪の中」「蜘蛛の糸」
太宰治の「人間失格」「斜陽」「走れメロス」
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」
梶井 基次 の「檸檬」の他


芥川賞受賞作家の作品をいくつか読みました

 

芥川賞受賞作家と書いたのは
現代の芥川賞の作品のほとんどは
AmazonUnlimitedで読めなかったからです

 

https://www.amazon.co.jp/gp/bestsellers/books/769112/
こちらで受賞作家のAmazonUnlimitedに
該当する作品を調べました


興味があったらあなたも
読んでみてもいいかもしれません


これらの純文学の作家と言われる方の作品を読んで
何となく文章がきれいと言いますか
芸術性があるといいますか

 

これが純文学なのか?レベルですが
何となく理解することができた気がします

 

何となくと表現したように
どうにも純文学をよく理解することができていません

 

文章がきれいで芸術性があって
何を伝えたいのかわかりづらかった
純文学と言うことでいいのでしょうか

 

よくは理解できませんでしたが
一通り読むことができたので満足できました
これからも時々読んでみようと思います

 

今まで読まなかった
ジャンルの本を読むことで
新たな視点が生まれるかもしれません。

 

よければ読んでみましょう(布教)

 

・・・・


そうでした


上記で挙げた作品の中で
突っ込みたい心を擽られる作品が2つありました


最後に語らせてください


①走れメロス

王様に喧嘩をうって返り討ちにあい
無許可で唯一無二の親友を人質にして
王様から3日間の結構な猶予を与えられる

 

2日の昼まで村でグダグダとして
ようやく出発したと思ったら


40キロ走るだけ!と余裕こいて
少し休憩のつもりで寝過ごして
トラブルに襲われたら泣いて

 

王様の元についたと思ったら
全裸になっていて

 

韋駄天だの
友達思いだの
讃えられて


王様の余裕で

誰も処刑されないハッピーエンド

 

「友情」「信じる心」「諦めない心」
をこれで学ぶんだぞと
学校で教えられた気がするのですが


こんな内容でしたっけ?
と疑問に思いました


檸檬:

憂鬱な時にレモンを買い
異国情緒を感じてウキウキになって

 

散歩中に嫌いだった本屋の前を通り
何となく入ってみるが
やっぱり嫌いなことには変わりなかった

 

思い付きで
レモンを爆弾にみかけて


散らかした画集の上にレモンを置いて
これがもし爆弾だったら・・・とウキウキした

 

という解釈であっているなら

 

画集を元に戻さずに積み上げて
その積み上げた画集の上にレモンを置くのは


迷惑で意味不明なことしていると感じます

 

・・・・

 

純文学とは何か興味を持ち
純文学と言う割れる作品を読んでまわったと言う話でした。

「吾輩は猫である」が嫌いだった。

夏目漱石の作品をはじめて読んだのは
小学校の授業だったと思います

 

記憶通りなら国語の教科書に載っていたのは
「吾輩は猫である」と「坊っちゃん」です

 

私はこれらの作品が大嫌いでした

 

「主人公の気持ちを答えろ」「作者の気持ちを考えろ」という問いに対して
間違っていると言われて嫌いになった気がします


そんな私ですが
約10年ぶりに「吾輩は猫である」を読み直しました

 

https://www.amazon.co.jp/ebook/dp/B009IXLHZ2/
こちらで無料で読めます


読破時間は3時間30分程
100ページ程の小説なら20分~40分で読み終わるので
324ページで3時間30分は、普段の2倍近い時間がかかったことになります


それだけ難しい文章だったのかもしれません

 

どうでもいい前置きはさておいて


今回は「吾輩は猫である」と言う作品について
書いていきたいと思います

 

一部の人には「馬鹿」「無知」「恥知らず」「うんこ踏め」と言われると思いますが
「現代の作品よりは面白くない」と思いました

 

もちろん、私の教養がないというのも事実ですが

 

100年前に書かれたのですから
現代の人に合わないのは当然ではないかと思います

 

この作品は
純文学とカテゴリーされますが

 

私の認識では純文学と言っても結局は娯楽小説
読者に楽しんでもらうためのものです

 

娯楽小説と言う面では
現代の作品の方が同じ時代の作品なだけあって伝わりやすく
今までのノンハウが蓄積されている分だけ面白いのは当然な気がします


現代の作品よりは面白くないと書いただけで

 

・猫という「得体のしれない存在」と表現できるような存在を主人公にする
・猫なのに「吾輩」と言う尊大な一人称
・猫にも拘らず猫を名前ではないと認識している
・猫だけども人間をまねようとする
・猫からみた人間世界
・続きを見たかったと思える終わり方

 

上記の点が面白いと思えました


現代と違いインターネットがなく
今ではよくある小説の書き方のような
ノンハウをまとめたような本もなかった

 

人に聞くにも交通手段もお世辞にも良いと言えないのに
一作目でここまで書けるのかと、才能を感じます


なぜ「吾輩は猫である」が
もてはやされているのかと考えると

 

「100年前に、現代でも面白い小説として通じる作品を書ける人がいたんだぞ」
と言う点に集約するのではないかと感じます

 

大嫌いだった「吾輩は猫である」を
とりあえずでも読めるようになっていたのはなんだか嬉しい


思ったよりも面白かったので
これからは純文学のカテゴリーにも手を出してみようと思います

 

ですが少し野暮なことが気になりました

 

統計局のホームページを見る限り
https://www.stat.go.jp/data/nihon/26.html
平成29年時点で新刊が年間75000冊以上が出版されています


令和1年の今なら電子書籍の広がりによって簡単に出版できるようになったので
もっと多くの本が毎日出版されているはずです。

 

毎日205冊以上出版される中
熟読する必要がある純文学がこれから流行ることはあるのでしょうか

 

吾輩は猫であるという本が嫌いだったけど
10年以上経てば意外と読めたよという話でした。